夏姫たちのエチュード
          〜789女子高生シリーズ

           *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
            789女子高生設定をお借りしました。
 


       




 今回の騒動のそもそもの真相、正確な裏書きへの七郎次の推理は、役者それぞれの立場が錯綜していたこともあり、半分ほど追いついてはなかったようであり。年端もゆかぬ素人が、捜査手段も権限も持たない身で、しかもたった3日で何とかしようと構えた末のそれだと思えば 大したものではあったれど、

 「それでも。女子高生が立ち向かうには無理がありすぎた話には違いない。」
 「………はい。」

 それを言ったらこれまでのどれもこれもがそうではあるが、ただ 今回の場合は、例えば勘兵衛や五郎兵衛という大人へと話を持ってく猶予もあったはずだったので。無事でよかったと宥めていただいた後、無茶をしおってからにという方向から、きっちり叱られることとも相成った。表向き、事情聴取は明日落ち着いてからということにして。未成年者を引き留めておく訳にもゆかぬと送ってゆく任をこなす名目の下、そちらは平八を迎えに行った五郎兵衛が戻って来たのと合流したのが八百萬屋。そのお隣りのカフェバーを、閉店状態のまま使うことにし、

 「ゆっこちゃんたちには、
  シチさんと久蔵殿は実家から迎えが来たので帰ったと伝えておきました。
  夏休み最後の晩まで夜遊びとも行かぬのでしょうと、
  適当なことを言って誤魔化しといたので口裏合わせよろしくです。」

 逆に、通用口にて恐持てのする連中に突き飛ばされたらしい、酒屋のご主人や電器屋の二代目には、勘兵衛が直々に“今少しほど後始末があるので、今宵の一連の手入れに関して口外は避けてほしい”と告げており。どっちにしても一斉摘発をしたので、あのような怪しい連中からのこの付近への手出しはなくなるとの太鼓判を、風格も貫禄もおありの警部補から告げられたため、心から安堵なさっての話を合わせてくださったようだとのこと。そういった…ライブ後の状況を抱えて来た平八も加わって、一階のフロア席に落ち着くと。まずはじゃじゃ馬さんたちがどんな経緯でこの騒動へ関わりを持ったかを訊き取られることとなり。

 「そもそもの取っ掛かりは判ったが。」

  たまたま乱暴な行為が降りかかってた場面へ居合わせて、
  後輩さんたちを脅かす狼藉者を追い払った。
  毎日も同然という嫌がらせらしいと聞いて、
  用心棒を引き受けたまではともかく。
  そこからどうして、
  警察関係者に知己もいるというに助けを請わず、
  今宵の特別な段取り…替え玉作戦を必要と構えた七郎次だったのか。

 「与太者らが業を煮やして、
  一番の見せ場、演奏会の邪魔をしようと、
  大掛かりに乱入してくることを危ぶんだ…というだけか?」

 夏祭りライブのにぎわいの中、人の集まりようが半端じゃなくなって、実際にそうだったように与太者たちの派手な乱入を阻止出来なんだ場合を危ぶんで…というだけではなくて。

 「連中が、
  ただの嫌がらせで動いている身ではなさそうだと、
  そうと掴んでいたればこそ。
  後輩の嬢ちゃんたちを、
  何としてでも確実に守りたくての完全防御をと。
  そこまでを考えたからの、
  言わば“おびき寄せ”を構えたのではないか?」

 そうと訊かれて、ローディー用の恰好から サッカー生地の涼しげなサンドレス風カットソーとセミタイトスカートという、落ち着いたいで立ちへ着替えていた草野さんチのお嬢様。渋々なのか、それとも泣き疲れた憔悴からか、やや力なく頷くと、

 「バンドの子らはともかく、
  聴きに来ていた大人数を蹴散らすのに、一番効果があるのは やっぱり今宵。
  大勢の前で物騒な騒動を見せつけてやればいいと、
  ここまでの腹いせもかねて、
  派手に暴れに来るんじゃないかと見越しておりました。」

 何せ 相手方の本体、大元の大本営はあんなチンピラの比じゃあない、組織だった連中らしいから。あの広場に居続けるとこんな恐ろしい目に遭うぞと、半端な都市伝説どころじゃあない仕打ちを仕掛けられては困りもの。そうならぬうちにと、確実な手証を揃えてその筋へ突き出せば、もはやこそこそとした手出しは不可能となる。よって、頭に血が登り、勢いよく飛び込んで来た輩を取っ捕まえてやろうと、むしろ待ち構えておりました

  ………と

 彼らが単体で動いていたのではないと。七郎次がそこへまで読みを及ばせたのが、広場での立ち居、見張りをやってみたその初日というから。相変わらずに勘のいいことだのと、勘兵衛がこそりとその内心で零したほど。

 『バンド演奏も、フェスティバルも、
  それ自体をどうにかしたいって標的じゃあないのかも。』
 『え?』
 『だから、彼女らが立ってた場所ってのが問題だったんじゃあ?』

 広場の一角の大きなシャッター。そうやって正面のドアを閉ざし、すっかりとただの壁と化していた、稼働状況も一切不明という集合ビル。テナントがいなくなったとかで、無地のシャッターが降りたままな状態はもう2年以上にもなるらしいのだけれど。

 『そこが活性化しだした途端の乱入騒ぎでしょう?
  しかも、一端のチンピラにしてはあっさり蹴散らされてる中途半端な。』

 蹴散らされてる彼らは、あの女の子たちをばかり狙ってる。ほら、八月の初めに女学園の登校日があったでしょ? その日は連中も、一日中 来なかったんだって。すぐ傍のスタンドカフェのマスターが言ってたから間違いないんだけど。

 『来ないなら来ないで、
  日頃あの子たちの肩を持ちやがってっていう、
  他の人への威嚇や報復とかあってもいいんじゃない?』

 『…そうですよね。』

 確かそのカフェってマスター以外には店員さんもいないし、広場からは丸見えの間口が他のお店からは微妙に死角になってるし。腹いせにって、乱入の延長戦仕掛けられても不思議じゃないのに、

 「…なんて思うほうが、思考が物騒なんでしょかしら?」

 さすがに思いついたばかりのことへと興奮気味でいた数日前と違い、しかも聞き手に大人も混じっている場だったのでと。肩をすぼめると少々鼻白らんでしまった七郎次へ、

 「安心しろ。」
 「ええ。アタシも同じことを思いましたよ。」

 久蔵と平八が左右から大きく頷いて追い風を送る。そして、だからこそ…バンド演奏での盛り上がりとか、それを黙認している周辺の店主の皆様の態度とかが問題なんじゃないみたいだと。そんな格好での次への推測も広がった訳で。

  ―― あの広場を極力無人にしたいだけなんじゃなかろうか

 だから、あそこに来る限り、俺らが付きまとうぞと言わんばかりに咬みつく…つまりは追い払いたいだけな彼らだったんじゃあないのかなと思ったんですよね。

 「どっちにしたってやり方はとことん不器用でしたが。」
 「ですよね。」

 警察の介入は却ってまずいというのは判っていたらしく、それで殴るとこまで出来なんだ…というあたりが、どんだけ不慣れなことをしていたかで。

 「怪我まで負わせずとも、
  既に商店街への“威力業務妨害”という立派な罪状を犯していたんですのにね。」

 なに、あんな弱々しい女の子たちだ、怖がらすだけですぐにも尻尾巻いていなくなるさと思っていたらば、とんでもないない、見た目を裏切って根性の据わった子たちだったんで。逃げ出すどころか居座りは続き、オーディエンスは日に日に増えるわ、そんな熱気に伝染したか商店街のほうも活気づき出すわ。

 「向こうにしても、
  何だかややこしい展開になって来たなと思ったことでしょね。」

 ああいう力技よりも、喩えば、知りもしないのに住まいを知ってるぞとか、家族に手を出すとか言われた方が効果はありますのに。そういう機転も利かなんだ駒だとは、大元の黒幕さんも気がつかなんだのでしょうかと、やや辛辣なことまで言いたくなったほど。

  そう、今回の騒ぎの一番の問題が、
  実行犯とそれと手配をしたずんと上の大元締めとの、
  手腕の差といいますか、
  此処の価値への把握の差が大きすぎたのがいけなかった。

 『…これ、見てくださいな。』

 七郎次が、このビルってどういう経緯があって封鎖されてるんだろうと、広場の向背、舞台の一部のほうをこそ 気にしたの、平八が素早く気を利かせて調べてくれて。登記上の名義や何やという書類の上での次元の話ではなくて、実際に出入りをしていた人は今どうしているのかなと。寂れていてもまあいっかと放置してたほど、他にも物件をお持ちらしい…ということくらいしか、地元の人達も知らないらしく。関係がないならないで条件から排除するまでという、その程度の関心がふと沸いた七郎次だったのだが、

 『え…?』

 少々神妙なお顔になった平八が、ノートブックタイプのPCの液晶画面へ呼び出したものというのが、どこの防犯カメラから引っ張って来たのやら、ちょっと雑な上、写ってる対象も遠目になってる1枚の画像。それを、ちょちょいと処理すると……あら不思議。

 『…………っ☆』
 『あっ! これって、虹宮堂さんじゃあ。』

 またまたご登場です、いつぞやに盗品を学園内へ隠した件でお縄を受けた、とある宝飾店の店主の姿であり。そのご亭が、辺りを警戒しつつ入ろうとしていたのが、

 『此処って、あのビルの勝手口?』
 『通用口っていうんです。』

 少しほど広い方の片側の路地へと入ってゆく姿が続き、出て来た姿との間違い捜しをしてみれば、

 『カバンが痩せている。』
 『うん。何かをビルへ置いて来た?』

 まさかここも盗品の隠し場所? でも、虹宮堂さんは今 公判中だし、証拠隠滅の恐れがあるからって釈放はされてない。ええ、これは先の騒動での逮捕前のものですよと、平八が口添えをし、随分と古い映像が記録へ残っていたので得られた証拠、とはいえこれだけじゃあ“単なる倉庫だ”との言い逃れも出来ましょう。それより何より許可無くして得た写真ですからね、不正行為で得たものだけに証拠として使うことは出来ない。あらためての請求許可や何やを取りつけてる間に、向こうにちょちょいと消されちゃうのがオチでしょう。

 「そこで。一番最初の嫌がらせを見かけたおり、
  それは不用意にアンプへ触ってったクチがいたので、
  その場所から採取した指紋がありまして。」

 「……そんなことまで出来るのか、ヘイさん。」

 冷たい飲み物をそれぞれへと出していた五郎兵衛の、ややもすれば唖然とした声へ、特に難しいことじゃありませんてと、胸元の部分から立ち上がったフリルの直線が、スクエアに大きく開いた襟ぐりの色香をガーリーな愛らしさへと持ってゆく、柔らかな生地のつくる優しいドレープもフェミニンなミニワンピ…+ホットパンツという、相変わらずにややこしいいで立ちで、口許をほころばせた赤毛のひなげしさん、

 「ただ、こっちは難物だった、
  PCにてお邪魔した警察のデータベースで、
  内緒のこっそりと照合したら。」
 「こらこら。」
 「こそ泥の前科のある御仁のだと判りました。」

 そのときの被害品が、なんと虹宮堂さんが女学園へ隠してたと公開された贓物のうちの1つ。

 『………………え?』
 『じゃあ、あそこってやっぱり贓物の保管庫なの?』
 『確証はありませんけれどもね。』

  話を整理するならば、
  寂れたお陰でテナント料は稼げなくなったが、
  注目が集まらないならないでと、別な目的へは打ってつけの場所だった。

 『うあ、怖い。』
 『……。(頷)』

 しかも ここが一番の問題、拘留されている虹宮堂さんではない誰かが、今なお重宝して使っているようであり、

 『シチさんが見立てたその通り、
  あのビルから注目を逸らしたい人がいるのですよ。』

 こんなことへと流用しているからというのが理由なだけに、警察が駆けつけられては困る。警戒のための見回りが増えるのもありがた迷惑。なので、日頃からゴロを巻く連中をたむろさせてもいなかった。そこへ、何だかにぎやかになって来ましたという報告を受けて、適当な連中にちゃっちゃと追い払えとだけ指示を出したら…この始末。

「か弱い女子高生ごとき、声高に脅すだけでいなくなると思ってたところは、似たり寄ったりな感覚だったと思われますが、粘られて“では”と策を変えなかった鈍重なところは、この場所の意味合いが分かってないからだったんじゃあと思いました。」

 そんな齟齬が出たほどですから、本当に彼女らや人出を厭っていた存在はあの場にいたチンピラの誰かでもないと感じて…それで、後難をばっさりと断ち切るべく、あんな作戦を立てたというワケで。

 「六月末の虹宮堂さんの逮捕以降、
  関東圏の故買屋への包囲網が厳しいと聞きますし。」

 こないだの女学園の庭を荒らした連中も、そういう追い立てから焦っての荒い仕事を構えたらしいというからには、

 「これもまたそういう筋の存在の仕業なら、
  時間が経って温度差が出来る前に、一緒くたに取り締まられた方がいいだろと。」

 「…? 包囲網の話なぞ誰から聞いたのだ?」
 「佐伯さんです。」
 「おお。」

 だって あのお人、隙がないんですもの。つい意固地になって、何か探れないものかって、お話を吹っかけてしまうんですよねと、しゃあしゃあと言ってのけたのが平八で。そんな彼女とは七郎次を挟んだ反対側に座し、白いお膝を出す丈のスキニーデニムに、トップスはタンクトップと肩先だけを覆う袖のついたボレロという、そのままバレエのバーを握ってもいいような快活な恰好をしていたところへと、用意のいい兵庫せんせえからパレオを渡され、しょうことなしに腰に巻いてる、三木さんチの寡黙なお嬢様。

 “………。”

 そうか、だから…特に関わりはないはずの、シチの靴やら指輪やらの細かいサイズまで、佐伯殿へと聞かれるまま明かすついでに、相手の携帯や小ぶりのノートPCを覗き込んだり、スキミング何とかという小道具で底をごそごそしていた平八だったのかと。今もそうであるように、何も口を挟まぬながら、会話を聞いてはいたらしい紅バラ様からもっと驚きの事実を白百合様が聞かされるのは ずんと後日の話として。(道理で勘兵衛様、サイズぴったりの指輪とか用意出来たんだ…と、いらんところで揉めないように。笑)

 「贓物の持ち込みを見とがめられないよう、
  再び寂れた通りにしたかったのか。」
 「いっそあそこは諦めて、
  他の場所へちびちびと持ち出しゃあよかったのに。」
 「あんまり移動させるのは剣呑なのだよ。
  要らぬ傷がつかんとも限らんし、
  かといって仰々しい持ち方させると怪しまれるし。
  何より、人を雇ったり新しい保管庫を用意したりに金もかかる。」
 「せこい。」
 「金持ちほど小金を気にするって言ってな。
  こういうことに限らずの話だが、
  ずぼらなことをしてっと、後でそれで足を掬われかねん。」

 五郎兵衛や兵庫という、大人衆らのやりとりへ。そっかそれで、脱税してた人とか二重帳簿をわざわざ作るんだ。あれって不思議だったのよね、提出用のダミーだけ作って、誤魔化した分はないないってなかったことにしたらいいのに。そうそう、なまじそんなものも作っとくから、そこからバレちゃうんですものね。

 「これこれ、お嬢さんたち。」

 お説教ではないこともあり、こっちはこっちでというお喋りがどんどんと脱線しているのを お〜いと呼び戻されて、えっとどこまで話しましたっけとお嬢さんたちがお顔を見合わせ。

 「そんなワケで。
  何と言っても、こちらが気づいたあれこれは、
  公的な場では裏付けのないも同然なことばかりだったので。」

 何より、あまりに日が迫っていたお祭りを、それだけの理由で中止させる訳にも行かなかった。自分たちはあくまでも飛び込みという新参者で、彼女らと皆様の間に培われていたものを好きにいじくる資格はない。出会いからこっち、理解し合ったり見直したりを少しずつ積み上げてという、それだけは誰にも何ともしがたい“時間”を経たからこそ そこまで持ってけた絆のようなもの。無闇に水を差して壊したくはなかったし、万が一を用心させるためとはいえ、怖がらせるなんてもっと出来なくてのそれで。

 「会場を変えるとか、危険を大きく回避するよな作戦を立てるのではなく、
  むしろ誘いをかけるのが目的、替え玉に立って釣り込むという手を打った、と。」

 詰めが少々危のうございましたがと、白百合様が苦笑をし、

 「まさか、同じ晩に贓物移動を構えておいでだったなんて。」

 ああまで予期せぬ運びになろうとは。ビル周辺の動静も、監視カメラを確認したり自分たちでも回ってみて眸を届かせたりと、気を配ってたつもりだったのですがねと。肩をすくめた七郎次だったのへ、すぐお隣りに座を占めていた久蔵が、ううんと、気に病むなという格好でかぶりを振って見せる。あの場にいないまま進められていた段取りでは、こちらが気づけなくたって仕方がない。そうだろうという意味か、そのまま流した視線の先にで、蓬髪の壮年殿がああと頷き。大きな手の中に軽く包めているショットグラスを傾ければ、中にあった氷塊がカランと硬い音を立てた。

 「儂らは儂らで、
  そんな嫌がらせやごたごたが起きているとは知らなんだのでな。」

 そこだけは相手の気配りがうまく回っていたとも言えるのかも知れぬ。彼ら警察は、あの虹宮堂を手の者としていた“黒幕”を追っていて、その追跡の一端という形で問題のビルにも辿り着いてはいた。登記上の所有者は何といって問題もない不動産業者だったが、無論のこと そこで諦めることはなく、しぶとい調査の末に現れたのが…

 「数多いる故買屋の内の、
  関東一帯の結構大きなパイプを束ねていた大物だったという訳での。」

 そこまでだけ教えてくれてから、

 「そこのビルに限っての読みは、七郎次の気づいた感触で合うておる。
  国税局のみならず、警察にも踏み込まれては困るブツが満載という場所で、
  人の眸を集めている原因が、か弱そうな女子高生たちだというのなら、
  脅すだけで十分と高をくくってたのに、却って話が大きくなった。
  頑として退く気配がないその上に、手ごわい護衛も付いた。
  こうなったら破れかぶれとでも思ったか。
  ここへ寄ったらロクなことはないという場にしてやれと、
  脅し担当がとち狂っていたらしくての。」

 「あ、やっぱり。」

 脅している割に、騒ぎが派手になっちゃあ帳尻が合わないのか、手加減っていうかリミッターがあるようで。妙なことをしてるなぁって思ってました。ですよねぇ。……(本末転倒)…と、三人娘らが額を寄せ合い、

 「まあ、あれからもしつこく伺ってたようだったから、
  諦めてはないなと踏んではいましたが。」

 自分で手掛けないから、こんな齟齬が起きちゃったんですよね。黒幕さんはさぞや歯軋りしていたことでしょねと、おとぎ話の盗賊団レベルの喜怒哀楽を思わせるような言い方をするお嬢さんたちへ、

 「だからこそ、
  こうなったらそいつらの暴走を利用してやろうと思ったらしくてな。」

 数多ある窃盗団と繋がっておって、いづれからも頼りにされての言わば動脈にも値する立ち位置だったため、時には上からの物言いで自在に支配することも可能でいたらしく資金は潤沢。恐持ての組織にも一目置かれる立場を得てもいたらしかったが、そんな繋がりを逆に辿られ、あとは証拠となる贓物さえ押さえてしまえば、そのまま一斉検挙へと運べる…と。そういう方向での警察の包囲網が迫っておったからだろう、あのビルの中に隠しておった目ぼしい贓物を、引き上げることにしたらしい。そちらの動向をこそ追っていた警察側の勘兵衛らとしては、佐伯刑事からの一報でこちらのお嬢さんたちが絡んで別な動きもある案件であることへ初めて気づいてからというもの、裏側からビルへと近づく本星の連中の挙動を見聞しつつ、表側の動きも案じられてならなんだそうだが。その部分は今更だからと言わずにおいておれば、案じた当のお相手がそうとも知らずにだろう訊いて来たのが、

 「じゃあ、その黒幕さんたちも、
  今夜のフェスへの連中の乱入、
  知っていながらむしろ待ってたよなもんだと。」

 「というか、大した騒ぎにならぬまま逆に取っ捕まったもんだから、
  自分らとの関係を明かされちゃあ困るというので、
  奪還する手間が増えたらしかったが。」

 「それって…。」

 向こうさんからも いっそ期待されていた乱入騒動ということになるワケで。うあ、さすが本物のタヌキは腹黒さが違うと、三人娘がお顔を見合わせた。何せ、無事だったからよかったものの、撤退途中のあの土壇場は、さすがに ひやっとしたもんで。

 「そいつらが騒がすだけ騒がして、でも捕まらなかった場合は、
  逃げる手助けでも構えていたのかな?」
 「いやいや、
  きっと“ご苦労さん”と迎えてやったそのまま
  口封じってところじゃあないかと。」
 「……林田、考え方が。」
 「そうだよ、それって何か怖い。」
 「そうですか?」

 結構怖い想いをしたろうに、またぞろ、話が逸れていきかかるお嬢さんたちへ。前世の頼もしさの名残りか、それとも今時の大胆さや怖いもの知らずから来ているそれだろうかと、やれやれという苦笑に口許を歪めてしまったのが向かい合う男衆たちで。………そう、単なるお説教では収まらない何かしら、抱えてしまったのもお揃いの彼らであるようで。

 「それにしても。」

 何でもない話を持ち出すかのように、グラスの中を眺めつつ、勘兵衛が紡いだ声は穏やかで静かなそれだったものの、

 「またしても危ない仕立てにしていたもんだな。」

  はい?

 「身代わりにと、お主ら自身が楽器を持って立ってたことだ。」

 追い詰められてのこと、連中が暴走するんじゃないかと恐れていたからこそ取った策だと言うたが、

 「迎え撃つのがお主らというやっぱり女子高生だということ、
  よくもまあ あすこの店主の面々も納得したものだの。」

 …と。ともすれば突き放すような言い方をしたのは、道々状況を聞かされた格好になったがゆえ、怪我人が出そうというその関係者たちの中にこのお嬢さんたちもいたなんてこと、現場につくまで知らなかった兵庫殿。窃盗団だか故買屋だか知らないが、怪しい一団がビルの側の通用口だけじゃあなく、商店街の側に通じる裏口へまで張りつき出したのを、胃が煮えるような想いで見守っていたればこそ、何て危険なことを手掛けていたかとのご立腹も激しいご様子であり。

 「いや、それは…最悪の場合を想定したら、という話しか、
  してはなかったものだから。」

 アタシらが最初に連中を追っ払ったのは皆さん御存知でしたし、あとあともやって来ないくらい恐れられてたのは事実でして。突っ込んで来ないなら来ないで、七人のガールズバンドってことで通すつもりでおりましたし…と。彼らを説き伏せたのは自分らなのだと抗弁しかかった3人へ、

 「危ないことには違いない。」

 勘兵衛が堅い声での言を重ねたものの、

 「あらでも。」
 「だって、ねぇ?」
 「……。(頷、頷)」

 何が だってだ。

 「ですから。アタシたちだったら、さして殿御が怖いってコトもありませんし。」

 そりゃあ? 昔のような“男”じゃありませんから腕力はないですが、押しのけたり振り払うのにいるコツや勘は持ってますしと。だから安心だと言わんばかり、軽やかに微笑った彼女らだったりしたものだから。

 「な…」
 「御免。」

 何をとんでもないことを言うかと、思わず箴言が飛び出し掛かった兵庫を制し、身を乗り出したのが五郎兵衛殿。分厚い一枚板のテーブルの上へと伸ばされ、グラスを取り替えかけていた手が、不意に方向を変えると手前にいた平八の肩口をとんと押しており。背もたれのないベンチタイプの椅子だったゆえ、あわわとバランスを崩して少し離れた背後の壁へ背中をくっつけた彼女をそのまま、押さえ続けている大きな手はだが、さして踏ん張ってまで力を入れているようには見えなくて。

 「え? あのゴロさん?」

 不安定な格好のまま、ひなげしさんこと平八が怪訝そうなお声を放てば。それへ負けないほど真摯な真顔で、男が応じる。

 「男であったと覚えておるなら。
  小柄で非力そうであっても、
  筋骨の作りや重さは頑健なのも覚えておろう。
  そして、どれほどおきゃんでも、
  女御の力ではなかなか撥ね除けられぬことも。」

 悪ふざけをしようという顔でもなければ声でもなくて。

 「こんなことを、見ず知らずの男から無理強いされてみぃ、
  口惜しいだろうし怖いだろうし。
  コツを心得ておっても、身がすくんで動けなくなるという。」

 「あ……。////////」

 やっとのこと、手を浮かせて二の腕取って、ひょいと椅子のほうへ態勢を引き戻してやって。

 「相手が弱いほど図に乗るような卑劣な輩に、
  大事な存在が少しでも怖い想いをさせられたなんてのはな、
  その場にいて守ってやれなんだ男にも、そりゃあ手痛い罰だからの。」

 そうと言った彼の言には、警部補殿も兵庫せんせいも、渋い表情ながらも“同意”ということか、何とも言葉を挟もうとはしないままでおり。それを確かめずとも、彼の言いたいことは…七郎次や久蔵へも それこそよくよく理解も出来て。ごめんなさいと言うように、首を垂れての俯くばかり。

 「屈せぬ自負を持つのは見上げたもんだ。
  だがの、お主らをこそ大切と思う男も それぞれへこうしておるのだから。
  その身を大事に、あんまり無謀なことを安請け合いはせんでおくれ。」

 全く同じという“一緒くた”にされたことへは、微妙にもの申したかった誰かさんが顎を上げかかったものの、

 「……そうですよね。あまりに平和なところだから忘れていました。」

 ん?と。いきなり押し倒しかかって痛かったかのと、うつむいてしまったひなげしさんの前髪を、そおと掻きあげてさしあげた五郎兵衛さんの大きな手へそっと触れ。よくよく見れば彼女もまた、日本人とは微妙に色合いの異なる瞳を、少しほど潤ませ気味にした平八が、

 「こんな平和な日本でも、
  どこかで卑劣な輩に純情を踏みにじられてる話は多いとか。」
 「…ああ。」
 「だったら余計に……。」
 「? 余計に?」
 「早くお嫁に貰っちゃって下さいましっ。」


  「………………はい?」


 お爺様も言ってたじゃないですか、一番賢い孫だから半端な男にゃやれないが、ゴロさんにならやってもいいって。だっていうのに、1つ屋根の下に暮らしながら、今の今まで全っ然 手も出さないなんてどういうワケですか? そんなにわたしって魅力ないのかなぁって……っ。//////////

 「ちょ…ちょっと待て、落ちつけ、ヘイさん。////////」

 急くように言いつのる平八の気迫に、今度は五郎兵衛が圧倒されており。そんな傍らでは、唖然としている七郎次の前へと久蔵が身を乗り出すと、

 「………。(これ、とグラスを指さす)」
 「あ。ヘイさんたら カクテル飲んでたな。」

 どんどん真っ赤になってゆき、しまいには沈没してしまったお嬢さんを。とりあえず寝かしてきましょうと、困った困ったというお顔になって抱え上げた五郎兵衛を見送って。

 「………いいなぁ、ヘイさん。」
 「………。(頷、頷、頷)」

 何とはなし呟いた、残りの二人の言いようへ。片や、びくりと背条が伸びたのがお医者せんせえだったのに比べ、ついのこととて苦笑が零れただけだった片やの壮年殿の方は。少なくとも…そろそろそういう頃合いを窺わせる、月の綺麗な秋の夜長を費やしたとて、落とすのはなかなか大変だろと思う人、怒んないから手を挙げてっ。
(こらこら)






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